【第3話】 守山 – 消えない虹を探して
夜の湖に、細い音が流れていきます。
橋の道路は、車が走ると
ふしぎな音楽を奏でるように作られていました。
タイヤの音が、低く、やさしく、
まるで誰かの思い出をなぞるように響きます。

守山に向かう途中、大きな橋の上で、
黒いラブラドールのおばあさんが、ひとり、たて笛を吹いていました。
「昔ね……」
おばあさんは、笛を下ろして、そう言いました。
「遠い昔に、あの人とは離れ離れになってしまったんだよ。
それでもね、いつか――
あの人の虹が、ここに架かる気がしてね」
若いころは、虹なんて、
いくらでも出るものだと思っていました。
空を見上げれば、
いつかきっと、また会える。
そう信じていました。
けれど、気がつけば、
こんなおばあさんになってしまっていました。
「虹は、たくさん架かるけれどね……」
おばあさんは、湖の向こうを見つめました。
「でも、
あの人が出す虹は、ひとつしかないんだよ」
それがどれほど奇跡なのか――
この歳になって、やっとわかったのだと、
おばあさんは、静かに笑いました。
そして、とわとるりのほうを見て、
そっと問いかけました。
「あんたたちも、
誰かの虹を探しているのかい?」

夜明け前の風が、橋の上を渡ります。
とわとるりは、
すぐには答えられませんでした。
ただ、
胸の奥で、何かが静かに揺れていました。
「それならね……
消えない虹を探すといいよ」
おばあさんは、
もう一度だけ、たて笛を唇に当てました。
音は、夜の湖に溶けて、
橋の灯りをくぐり、
空の高いところへと昇っていきます。

そのときでした。
湖の向こうで、
ほんのわずかに、光が揺れました。
街の明かりと、
橋の灯りと、
水面のきらめきが重なって――
とても淡い、
けれど確かにそこにある虹が、
静かに浮かび上がったのです。
誰も声を出しませんでした。
けれど、
おばあさんは、そっと目を細めました。
まるで、
「やっと届いたね」と
誰かに話しかけるように。

やがて虹は、
朝の光に溶けて、消えていきました。
けれど――
その場所には、
何も残らなかったわけではありません。
とわとるりは、
胸の中に、あたたかな何かを抱えたまま、
バスへと戻りました。
消えない虹は、
空ではなく、
心の中に架かるものなのかもしれない。
そう思いながら。
バスは、静かに走り出しました。
次の場所へ。
次の虹を探す旅へ。
★
第4話へ続く


