ペットメモリアルを続けるために、もう一つの挑戦を始めます。
目次
第1章「二足のわらじ」という言葉
先日、ドラマ「豊臣兄弟」を見ていて、「二足のわらじ」という言葉が印象に残りました。
昔からこの言葉は、一人で二つの仕事をすることで、どちらも中途半端になってしまう…。
そんな意味で使われることが多いように思います。
私自身も、これまではそういう印象を持っていました。
だから、とわの虹を始めた時は、「この仕事一本でやっていこう」と決めていました。
第2章・宣伝を控えてきた理由
ホームページやInstagramでも、できるだけ宣伝ばかりの発信はしたくありませんでした。
ご家族様との思い出。
虹の橋へ旅立った子たち。
命について感じたこと。
そんな投稿を積み重ねることが、とわの虹らしさだと思っていたからです。
だから、最近「小さなお店応援舎」の投稿が増えて、「どうしたんだろう?」と思われた方もおられるかもしれません。

第3章・野洲への移転で見えた現実
比良を離れることが決まった時、最初に頭に浮かんだのは、
「この場所の代わりになるようなところなんて、本当にあるんだろうか…。」
ということでした。
比良は自然に囲まれた、とても魅力的な場所でした。
あの環境以上の場所は、もう見つからないんじゃないか…。
そんな焦りしかありませんでした。
野洲へ移転してからは、多くのことが変わりました。
プレハブだった頃とは違い、室内は広く、ご家族様にもゆっくり過ごしていただける空間になりました。
駐車場も十分に確保でき、以前より快適にお別れの時間を過ごしていただけるようになったと思います。
ご家族様が安心した表情で過ごされている姿を見るたび、「移転して良かった」と感じることも増えました。

しかし、その一方で現実は決して甘くありませんでした。
移転費用は予想以上にかかり、一時的に持込み火葬やセレモニーもできなくなりました。
問い合わせも大きく減り、
「このままでは続けられないかもしれない。」
そんな不安が頭をよぎったことも、一度や二度ではありません。
移転前も、移転中も、そして移転後も。
軌道に乗るまでは試行錯誤の連続でした。
今振り返れば、「あの経費は無駄だったな」と思うこともあります。
でも、その時はやってみなければ分かりませんでした。
失敗も含めて、一つひとつが今につながっているのだと思います。
それでも、この仕事だけは辞めようとは思いませんでした。
理由は一つです。
以前、ご家族様から
「東さんに、この仕事を続けてもらわないと困る。」
そう言っていただいたことがありました。
その言葉は、今でも私の支えになっています。
だからこそ、この仕事を守るために何が必要なのかを考え続けた結果、もう一本の柱を育てようという決断に至りました。
第4章・もう一本の柱を考え始めました
そんな時に考えたのが、「もう一本の柱」を作ることでした。
最初は全く違う仕事も考えました。
でも考えれば考えるほど、
今まで自分が歩いてきた道には、たくさんの経験が積み重なっていました。
写真関連会社での15年間。
店舗運営。
M&A後の店舗管理。
トリミングサロンの立ち上げ。
ホームページ制作。
SEO。
そして、とわの虹。
全部、現場で学んできたことでした。
第5章・小さなお店応援という形
そこで始めることにしたのが、
「小さなお店応援舎」です。
一般的なコンサルティングとは少し違い、
現場で一緒に考え、改善していくスタイル。
今まで現場で経験してきたことを、
地域のお店や会社にも役立ててもらえたらと思っています。





第6章・二足のわらじの意味
ドラマを見ていて思いました。
一人で二足のわらじを履くのではなく、
それぞれが役割を持ち、支え合いながら前へ進む。
そんな「二足のわらじ」もあるんじゃないかと。
とわとるりが、それぞれ一足ずつわらじを持つように…。
一つはペットメモリアル。
もう一つは小さなお店応援。
どちらも大切に育てながら歩いていきたいと思っています。
最後に
この取り組みは、
ペットメモリアルから離れるためではありません。
むしろ、その逆です。
10年後も20年後も、
一組一組のご家族に寄り添い続けられるように。
そのために始めた、新しい挑戦です。
これからも、とわの虹を温かく見守っていただけると嬉しいです。
とわの虹ペットメモリアル滋賀
小さなお店応援舎
東 雅裕




